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せやかて.COM

せやかて、ブログ、書いてみたかってんもん

長期旅行 最終章

Daveちゃんの回顧録

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 またもミステイク

マレーシアの鉄道は清潔で座席も広く、おまけにビデオが見れる車両があり,バターワースまで快適な旅だったが、僕よりも遥かに英語が堪能なバンコクまで行くソウル大学生2人電車で知り合った。彼らはバターワースで乗り換えると思い列車を降りたので、他力本願モードに入っていた僕も一緒に降りた。しかし、乗り換える列車などはなく、それは大間違いで乗っていた列車が正解であった。駅員にそれを聞いて知ったときにはもうすでに正解の列車は出てしまった後であった。同じミスをした乗客は僕たちだけじゃなくデンマークの女二人ずれのバックパッカーもバターワースのホームにいた。僕は基本的に帰る予定は決まっていなかったので、こんなアクシデントも旅行の楽しさだと呑気に思っていたが、ソウルの学生は違っていた。その日から3日間の内にバンコクに帰らないと予約していた飛行機を逃すことになるので、あせっていた。そして駅長に直談判した。その日のタイまで行く列車はなかったが、翌日の同じ時間の列車に乗れることになった。勿論、指定ではなく所謂、自由席だったが、ラッキーといえばラッキーだ。 翌日の列車の時間まで時間を潰さなくてはならないし、泊まるところも必要だ。僕は基本的そのモードで意思も考えもなかったので、謂わば僕は彼らの行動を共にする金魚の糞であった。皆で相談してせっかくだからペナンに渡って、そこで宿を探そうとにいうことなった。相談と言っても僕はYESとOKだけでその会議に参加したのだが・・・・そして韓国の学生とヨーロッパの女たちと日本人の僕とでフェリーに乗り、ジョージタウンに上陸した時にはもうすでに夜の帳が下りていた。 5人で泊まれる宿を探して遅いエネルギー補給に・・・・何の盛り上がりも見せずに飯を食らったあと全員遊びも行かずに宿に帰って爆睡したのだった。

 

そして翌日、無事に列車に乗れて国境に着いた。国境で出国審査と入国審査を約一時間掛けてした。マレーシアとタイ線路の幅が違っていたので車輪を交換していたように記憶している。日本に居れば国境越えは普通、空が常套手段のだが、鉄道で国境を越えることは何かしら感動といえば大げさだがわくわくするようなそして新鮮な気持ちを味あわせてくれた。 国境を越えてタイに入ると時差は一時間早くなった。そしてタイに入って最初に大きな町に到着。韓国の学生と別れを告げヨーロッパ娘と共にハジャイに降りた。

 

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偶然にもヨーロッパ娘と同じ駅で降りることになったが、降りてからは愛想もなく別々に・・・・改札を通り抜けるといきなりポン引きが話しかけてきた。バックパックを担いで駅から出てきた宿も決まっていそうにもない人間に商売をして来るなんてマレー半島ではやはりタイは別の人種だ!!!と思いながらも禁欲生活だった反動でそれを自然に受け入れている僕がいた・・・・「タウライ??」「350B・・・」 おおっ!!!安!!今までの禁欲生活が報われる!!ありがとうタイ!!と心の中でおおよそ30回以上唱えた。ポン引きに宿まで世話をさせてリュックを置いてポン引きにつてられてソンテウにのって置屋に・・・・・そこには10人ぐらい若い女の子がいた。そのひとりを決めて金を払った丸1日、24時間でなんと500Bだった。観光もせず2日間宿にこもって女とたんまりやることやった。気分転換に映画を見に行った帰りに飯を食った食堂であのヨーロッパ娘たちとであった・・・・なんとなく気まずかったが、彼女たちは僕のことはあったこともない知らない人のふりをしてくれた。 気を使ってくれたのかどうかは知らないが・・・・・・無視かも・・・・

 

そして又、列車に乗り込んだスラタニーまで・・・・

スラタニーからナイトとボートで6,7時間以上はかかったと記憶している。

後は宿を探してたまに回ってくるハッパとひとりでビーチリゾートを満喫した。不運だったのはレンタバイクを鍵を落としてしまってそこそこの金を使ったが、それほど大事にもならなくて済んだ。

 

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バンコクに戻ると長期貧乏旅行者の日本人の集まる7月22日ロータリーには楽宮ホテルやジュライホテルあった。ジュライホテルにチェックインいていると見覚えのある人影がスイカを食べながらこっちに来る。

ネパールのアンナプルナを一緒に攻めた、あの石垣からのエントリーしたが、途中で断念した友人のCだ。僕はいつものテンションより2度高いテンションで「よおおっ!」声を発した。正直、この小さな再会になんともいえない嬉しさを感じた。Cにクアラランプールでのあの話を聞いてもらうと、マレー半島の各地で流行っているカード賭博詐欺なので気をつけるようにと大使館からお達しがあったと教えてくれた。もう一人の友人Mはマラリアがすでに完治して帰国してしまっていた。バンコクに残っているCはキャンセル待ちであった。タニヤで久々に日本食を食らい、だらだらと毎日は夜のバンコクを楽しんだ・・・・そして、バンコクから東京、LAまでのチケットを買って無事に帰国を果たせたのだった・・・・・

 

長期旅行 マレー半島編KL

Daveちゃんの回顧録

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危険な香り・・・・・

その男はカジノで僕と組んでイカサマで金をせしめると・・・・そんなことができるのか?と思ったが、彼曰く、「イカサマの簡単なトレーニングをすれば、少しだけならばれないし、大丈夫だ!!かける金は全部俺が出すからお前は一銭もださなくてい!!」と1000ドルを稼いだらそこで終わりで折半しようと言った。当時のレートで1000ドルは15万円以上で半分だと7万円強あることになる。もしその余分な金があったらインドネシアかオーストラリアに足を伸ばせるかもと考えた。そのバカで浅はかな性格が、YESと言う言葉を吐き出させた。そのディーラは、「じゃ練習を始めよう!」と2階に僕を招いた。 やろうとするゲームはブラックジャックだ。デーラーは配るカードは当然全部熟知している。対戦する相手つまりディーラー自身のカードをある決めたサインで知らせて勝負と言うことになる。10分ほど練習した後、カジノで行こうと言ってきた。「もう行って勝負かよ!!?」と思った。ディーラーは僕の心を読み取ったように「カジノでやるのは怖いか?自信がないか?」と・・・

CHANGE MIND

僕は素直に「そうだな・・・・・ちょっと怖い・・・」 ディーラーは「分かった!俺に良い考えがある!!」彼は彼の知り合いの超金持ちのダイヤモンド商人を家に呼んで、そいつから金を取ろうと僕にオファーしてきた。「俺はカードを配ってサインを送るだけで、あんたとオカマとの差しの勝負だ!それだったらこわくないだろう!?」 普通だったら親ディーラーとの子の勝負だが、子と子の勝負になる。 勝敗はベットの額でばれないように負けも入れて調整ながら勝ちを重ねていくという・・・・ディーラはなぜだかは知らないが、その商人が嫌いで、おまけにゲイだとも言ってきた。   ディーラーが電話を掛けに下に降りてから10分ぐらいでオカマのダイヤモンド商人が到着した。 「HI!!」オカマ特有の肘を上げて手首を軽く振りながら甲高い声で挨拶をしてきた。 人種的にはオカマはアーリア系、つまりインド人のようであった。余談であるが、にディラーは中国系、不細工はタイ、マレー系、綺麗なお姉さんは中国系+スパニッシュ、フィリピーナの感じだった。そして、いよいよゲームのはじまりだ。基本的に僕は緊張しやすい体質で少し武者ぶるいのようなものをしながら、勝負に挑んでいた。上手く調節しながら最初は少額のベットで地味に勝ち進んだ。 慣れてきて緊張もほぐれて自然と演技的なものをできるようになっていた。 負けが込んでくると人は熱くなる。オカマはベットの額が次第に大きくなっていった・・・・多分、目標の金額はすでに達成しているだろう・・・・調子に乗っていた僕は今いくら買っているのか、もう分からなくっていた。僕に配られたカードは10とエースだ・・・・

オカマのカードは20と言うサインが来た。僕がベットした金をレイズした僕もその上をレイズした、そこでオカマは持っている金を全額かけるとアッタシュケースの中の札束をテーブルにバン!と置いた!その時の札束は千ドル札だった・・・100ドル以上に札・・・この世にそんな大きな札束があるのは知らなかった・・・・これは何百万と言う勝負になっていた。しかし、こっちには同じ金額でコールする金はない・・・

おっさんに変わるのか!!!

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オカマは豹変した!「同じ金額でないと勝負できねーじゃねーか!!」と言うテンションでもはや凄んでくるおっさんであった。緊張が走った・・・・ディーラーはなぜだかバレーボールでやる両手をTの字にしてタイムを掛けて僕と金の相談をするといってお互いのカードを見ないように別々の封筒に入れてそれを金庫に入れて鍵を掛け隣の部屋に僕を引っ張り込んだ。「お前のカードはナンだ?!!」「21・・・・」・・・「じゃオカマは20だろ!?勝負しよう!!お前すこし金を持っていないか?俺とお前の持ち金を掛けて勝負しよう!」「僕は金なんてない!!そっちでなんとかしてくれ!!」僕はバカなりにこの状況を大事に巻き込まれる予感を察した。ディーラーは「友達に頼んでみるからといって電話をかけていったて、暫くして2階に戻ると「大変だ、友達は留守で誰も出ない・・・・今日は銀行も休みだし自分の金も下ろせない・・・・!!クレジットカードなら何とかできる!!お前何枚かもっていないか??」これはトリックだ!!僕のカードは21だけどブラックジャックじゃない、きっと何か裏がある勝負してしまうと足元すくわれることになるに違いない。

実際クレジットカードなど持ち歩いているはずもなく、断固として一銭も払わずに凌いでみよう。たとえナイフを突きつけられても・・・・われに戻った僕はゲームを始めたときと違う緊張感に襲われた。ゲイの商人は凄みをまして僕にプレッシャーを掛けてくる・・・「持ってないもんは持ってないんじゃ!ディーラーとゲイのお前はパトーナーだろう!!今まで勝った金はいらないから返してくれ!!!」と冷静を装って大阪弁と英語を交え、そして振り絞る声で言った・・・やっていることがこんなことだから警察にもなきつけない・・・・しかし、強い気持ちをもってこのまま拒否続けよう・・・・怖いお兄さんたちが出てきて、殺される羽目になっても・・・・・・

 

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金もカードもない!!他のターゲットと探した方がいい!」時間の無駄だと思ったのかディーラーは「OK I will let you go・・・・・」と言って僕を解放した。帰りに自分たちのアジトがばれないようにタクシーを捕まえてそれに乗せられた。 あの不細工な女がどう乗じて何かしらぐるぐる回ってクアラランプール中央駅の蓮迎えで下ろされた。  その時張り詰めた緊張の糸が切れて無意識に笑いがでた。それは大笑いでなく、うす気味悪い精神に異常をきたした人と同じそれであった・・・・・・

 

そしてバンコクまでに立ち寄る一つの場所をサムイ島と決めて、列車に乗ってまずハジャイまでいきことにした。サムイは宿で一緒だったマレー半島を南下しているドイツ人にお勧めの場所だった。

余談だが1000ドル札はあの当時にでまわった事実はないようだが、多分あれは偽造した偽札だったかもしれない・・・・・

 

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長期旅行 マーレー半島編

Daveちゃんの回顧録

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近代的な町は何処寂しい

マドラスの小さな空港からシンガポールの大空港へ。 シンガポールに着いたとたん逆カルチャーショックを受けた近代的で洗練されているように感じた。 そして空港の案内所で安宿の情報を得てバスで市内に向ている途中でその感覚は増大してきた。 人もお洒落で赤道に近いの国にもかかわらず長袖のシャツやジャケットを着ている人も少なくはなかった インドにおいては人も周りも汚い感じで、髪は伸ばし放題で2週間洗っていないジーパンとTシャツだけでも小奇麗に感じた。しかし。ここシンガーポールにおいては逆転現象が起こっていた。まるで偏差値の低い学校でトップだと思っていたが、まかり間違ってレベルの高い学校に入ってしまったような何かしら勝手な劣等感に襲われたのだった。バスで市内まで来るとそう感じていた。そしてオーチャードの近くでバスを降りるとマクドナルドを発見!本物のハンバーガーが食べられると思い躊躇なくカウンターまで突き進んだ。

アイ・ミス・ハンバーガー

日本と同じメニューだ。偽ではない!!・・・・・マドラスで滞在していたときマクドナルドの類ではないハンバーガー屋を見つけた。ジャンクな物が食べたい一心でそのときも店の中に突入したてハンバーガーワン!!と半分叫びながらオーダーした。明らかに正気をうしなっていた・・・・待つこと数分待望のハンバーガーだ!!かぶりついて違和感を感じた。ホクホクとした感覚、それにターメリックの香り!!「カレーやんけ!!」 思わず店の中で叫んでしまった。そう中身はカレーコロッケだった!!冷静に考えてみればここはヒンズーの国、基本的に牛も豚も食えないのが常にもかかわらず八ンバーガーの看板を見たとたんその当然理解しているその情報の記憶は飛んでいた。わざわざパンに挟んだうんざりしているカレーを食べただけとゆうことなのだ。そのときの気持ちが今のこの行動を起させた。そしてはっきりと店員にビックマックセット!!!ぬるくないコーラー!!歓喜のごとくオーダーした。まさに期待どおりの慣れ親しんだ味。その当時のインドの物価は10分の1、シンガポールの物価は日本の3ぶんの1ぐらいだった。物価の感覚はインドのままなのでジャンクフード豪華な食事と感じた。マクドナルドのビルがYMCAだったのでそこに泊まりことにした。

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何か・・・・つまらない・・・

インドのように声を掛けられるセントーサ島以外色んな場所を観光したが、生活感のない人工的な町のたたずまいに違和感を感じ、そして観光客をふつうにほったらかしてくれることに寂しさも同時に感じた。何せ物価の違いでお金が飛ぶようになくなるちょっとした恐怖を覚えた。日系のデパートにうどんを食いに行ったのだがあまりにもその値段を高く感じてしまい結局食べずじまいで泣く泣くそのデパートを後にした。そしてインドに対してMISSと言う思いが湧き上がり戻ろうかとも思ったりしたのだったが、インド食のことを思うとその思いは一瞬にして消え去っていた。当初1週間の滞在予定であったが、切り上げて3日でシンガポールを後にしてクアラランプールに向かった。

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クアラランプール

クアラランプールの宿は今は様変わりしてないと思うが駅の近くの中華街に泊まることにた。マレー料理を優先した為でもある。朝ごはんつきだったが、朝ごはんと言っても食パンが出るだけで後はバターがあるだけで何もない・・・・食パンは食べ放題・・・それだけではそんなには食べられないのである・・・・・ しかし、ここも物価的には5分の一ぐらいだが今一度興味をそそられるものがない、シンガポール同様作られすぎた健全さを感じた。インドが強烈だったせいか、多分その時点に於いて何処に行ってもその物足りなさを感じてしまうのであったのだろう・・・・・とりあいず、物価の安いタイに早く行って贅沢しよう。禁欲の鬱憤を爆発させようと思った。当時タイにNOヴィザで入れるのは10日ほどだったのでタイ大使館にヴィザをとりに行くことにした。

クアラランプールのタイ大使館で逆ナン

大使館で申告書に記入している時、後ろに視線を感じた。振り返ると誰もが不細工と思うレベルの丸々と太った女がコッチをみていた。 彼女はすこし笑って軽い会釈のようなのもをしてきた。僕も条件反射的に会釈をした。大使館からの出ると、「すいません、日本人ですか?」その不細工な女に英語で声を掛けられた。「はい、そうです・・・・・・」彼女は時間があったら、少し話をしたいと言ってきた。インド以来のオファーだ!異文化コミュニケーションができる!。これと言ってする事はない僕は快諾し。またもやマクドナルドに行く。僕は無性にタルタルソースが食べたくなり、フィレオフィッシュのセットを頼んだ。すると彼女は誘ったのだから自分が払うと・・・・・ラッキーだと思ったが、奢ってくれるのだったらビックマックにしとけばよかったと、僕の卑しい、貧乏臭い性格も覗かせていた。 他愛のない世間話が続いた後、彼女は広島に行っていたことがあるお姉さんがいる。今日はそのお姉さんの誕生日だと伝えてきた。そして、パーティーをするから家に来ないかと誘ってきた。僕は何の躊躇もせず、単純な考えで二つ返事で答えた・・・・・・この不細工の姉ちゃんだから期待はできないが、またタダで飯が食えるかも・・・とまたその卑しい性格が顔をだした。タクシーに乗せられ全くロケーションが分からない住宅街に連れて行かれた。タクシーは勿論、巨漢の彼女が払った。家の前でインターホーンを鳴らして少し待っていると、その姉らしき人が出てきた・・・・予想に反して美人だ!テンションが上がり、違う期待も沸きあがってきた。なんて素晴らしい日なんだ!今日は!!心の中で小さな自分がスキップしているのが分かった。リビングに通されたが、時間が早かったせいか、パーティーをするような雰囲気は感じられなかったが、まだテンションは高いままだ・・・・・美人のお姉さんはジュースを僕のためにもって来たがその後に男がいる・・・・その男はハローとにこやかに握手をしてきた!なんだこの野郎は!!!?お姉さんとの関係は???! と思ったが、もうすでに彼のペースで話が始まっていた。僕はそのお姉さんと話したいのに・・・・広島には詳しくないが、広島の話をしようよ・・・・・したい・・・・が、もうその男のペースだっだ・・・・ 男は二つ仕事をしていると・・・一つはボランテア関係の仕事ともう一つはカジノでディーラーをしているとアピールした。そして、男はすこし目を細めて僕に金を儲けたくないかと言ってきた。 WHAT DO YOU MEAN?僕は覚えての英語で問い返した・・・・・・・・

長期旅行 インド編 最終章 

Daveちゃんの回顧録

インドとさよならの時

インドの旅も長くなったし、インド料理にもへきへきして来た。この長期旅行に出る前からしてみれば10キロは痩せている。食欲は減退しこのまま居れば芸能人張りにもっとやせるに違いない!いや!ガンジー張りに痩せてしまうと思った。体が危険信号を点滅させてきた。兎に角、日本料理が食べなくてはと心の中で何度も唱えるようになった。そうなると脳みその中は和食食べたいの一色に染まっていた・・・・無性にうどんが食べたい。シンガポール行けば日系のデパートがある。そこできっとうどんが食べられると思ってしまった。そこで当初の予定のインド一周を変更してマドラスからシンガポール行きのエアーを町を探索しながら、探しに出かけた。

 

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ラビシャンカールのコンサート

 

町を歩いていると30分に1回は声をかけられる、これがインドだ!!そしてここマドラスの例外ではない。30歳後半のインド人が路地を入ったとたんいつもの感じで声を掛けてきた。ハロー!何処から来た?インドはどうだ?そしていつものように答える。どす黒い目で普通ではないビジュアルである。そして、マリワナの類を売ってきた。当然、僕は断ったが、次にラビシャンカールのコンサートのチケットを買わないかとオファーしてきた。ラビシャンカールといえば世界的に有名なシタール奏者でいわばビートルズのインドの師匠的なカリスマだ。チャンスがあれば見てみたい・・・・麻薬ディーラーはコンサートは演奏のカセットテープ付きだと・・・・・OK行きます!!買いに行こうとすると、お前はここで待て俺が買ってきてやるから・・・・とディーラ

100パーセント嘘だ、詐欺だと思ったが金を渡して彼が来るか来ないか、どっちになるか確かめてみた無駄使いである。貧乏旅行が続くとある日パッと金を使いたくなる・・・・・そして予想は大当たりだが、宿代の約4倍の額である200ルピー摩ることになった。

 

たそがれていると・・・・

マドラスの海を眺めサトウキビジュースを飲んでいた。 後ろからバイクに乗ったインド人が日本語で声を掛けてきた。日本人ですか?流暢だ!!外国において流暢に日本語を話すやつは気をつけないといけないが・・・・・「はい、日本人です」と答えたえるとそのインド人は「そんなもの飲んで大丈夫ですか?」・・日本人に言われるなら兎も角、本場のインド人にそんなことを言われるとスーパーが付くほど不安になってしまった。「駄目なんですか?!!」さとうきびのジュースは危ないのか?!!!と・・・べスパに乗るようなインド人はサトウキビのジュースは飲まないのか?!!と思いながらたわいも無い会話を久しぶりに日本語で話した。このインド人は目もどす黒くなく、爽やかで、さっきのインド人に比べて遥かにちゃんとした人のように感じた!この人に旅行社を聞いてみようと旅行社事を聞くと、べスパのインド人は知っている所があると僕をベスパの後ろに乗せるように言った。さっき騙されたばかりでこの新しく出会ったインド人も100パーセント信用できるかは半信半疑であったが、彼の好意に甘えることにした。そして走り出した。旅行社に行く途中、ちょっとしたガイドをしてもらいながら目的地に到着した。シンガポール行きのチケットは思ったよりも高かったが、そこで購入することにきめた。

 

あんたはホント良い人!!

流暢に話すそのインド人はアショクさんである。彼は日本に留学してきた経験があり、そこで出会った日本人に大変良くしてもらったので日本人を見るとその恩返しで、世話を焼きたくてしょうがないと僕に話した。インド人経営である彼の会社は日本語の名前の屋号である。こんな人が居るんだ・・・と思った。直接、世話になった人に恩返しをするのは分かるが、何の関係も無い一日本人の僕に親切すると言う彼の真意は理解に苦しんだ。こんな遠く日本から離れた場所でこんな人に出会う事は宝くじにあったるぐらいの確立だろうと思い、そのあたりくじと言う好意に甘えることにした。それで、彼の家族と晩御飯をご馳走になった。マドラスに居る間は毎日、彼のところに通った。

インド音楽とのふれあい

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僕はインドの観光客相手の音楽じゃなくてインド本来のものを聞いてみたいと相談すると紹介したい人がいるといわれてその人と会った。日本人のT氏だった。あるインドの思想家に影響を受けて家族でインドに移住してきた普通で言う変わり者だ。仕事は日本語の教師をしているようだった。僕はなぜインド人に心を許すとその隙間に忍び込んで騙したりする。騙されない方法はあるのかと聞くと一つフィルターを通してインド人を見て居るから騙されてしまうと言われた。その意味は未だに理解できないで居る。フィルターと言うのはステレオタイプや偏見につながることは分かるが、それと騙されないということ関連性はあるのか?たとえ騙されても騙されていないことにするのか?フィルターという経験値をも言い無ければ余計に酷い目に会う羽目になると思うのだが・・・・・いずれにせよそう当時の自分にはそのことについて掘り下げる気持ちも無かったし考える脳みそも無かったのは確かだ。 彼の日本語の生徒でマドラスの音大か芸術大学の教師が居た。その人のコネクッションを使って何人か音楽家に会う事ができた。一人はインドバイオリン奏者で彼女はプロではないが、家族が音楽一家で長男はプロのタンブラー奏者で僕らが行った日はツアーで在宅ではなかった。音楽で生計を立てているということはカースト的にはかなり上の方らしくカースト低い人は普通はその家に入ることができない。外人の僕はつまりアウトオブカーストでいわば、ホームレスと同等である、そしてその紹介していただいた教師までも恐縮しながらその格式ある家にお邪魔させてもらった。しかし、我等、下々が全室に入ることは許されない・・・限られた場所だけであるが、普通、知らないお宅にお邪魔するときもあちらこちらと勝手には見てまわらないこと常識の範囲であるから、そんなことは別に言うことは無いと思ったが世の中にはそういう人が少なからず居るという証だったのなのかあとも思った・・・・

インプロビゼーション・・・・・即興音楽なのだ!

インド音楽には基本譜面を残して置くものじゃなく口伝いで基本になるようなメロディを伝承するようだ。あとはすべて即興音楽らしいが、譜面こそ興さないが音楽理論も勿論分かっている、演奏してもらっている間や曲と局の間、そこのお父さんに解説して貰っていた。僕がどんなスケールを使っているのかと尋ねると実際、いくつか弾いて見せてくれた。その時、僕が「それはハーモニックマイナースケールですね!」と言うと得意げな顔をして、Rのキツイ英語で「コレクト!!」と言った。 カーストの上の人はなんだか言い方が偉そうだ・・・・その後、男性インドフルートと女性でインドボーカルにあって演奏を聞かせてもらった。とても貴重な良い経験をさせてもらった。 インドボーカルの人にインド音楽でラブソングはあるのかと聞くと、映画の曲ではあるが伝統的な音楽はそういうラブソングではなく神様に対して愛を捧ぐ歌だけらしい。音楽とはそもそも、そういう儀式から派生おしてきたものなのだのだが、僕は呑気なラブソングが大好きである・・・・・・今回のインド旅行の最後の場所マドラス、今はチェンナイだが、素晴らしい思い出の地になった。そしてシンガポールへと・・・・

さようならインド!!!!

 

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長期旅行 インド編 最南端からマドラスまで

Daveちゃんの回顧録

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なんだか疲れてきた

 

最南端からマドゥライ、チルチッパリ、ポンデチェリーを経由してバスでマドラスまで

もうこの頃になったら、どこの観光地を訪れたとしてもつまらなくなっていた。 やはり、長旅は疲れるし、どちらかと言うとビーチでのんびりした方が基本怠け者の自分の性格に合っているのかもしれないと思う。あのコバナムのビーチで並んで腰を下ろしているインド人を見ながらながらボケーとしているほうが・・・彼らは泳ぎもしないでこっそりとカメラを持ってスクープ写真を狙っているのだ。インドでは女の人はビキニを着て泳ぐ習慣は無い、サーリーを着ているとおなかはさらけ出していることの恥じらいは皆無であるが、素足を公衆の面前でさらけ出すという行為は公然わいせつ罪、陳列罪に値するほど、彼らには官能的なおいしい光景なのである。 おまけに白人たちはトップレスで日焼けを楽しむのだ!!そこをやつらは激写する!!それに気づいた白人女は写真を撮ったインド人に駆け寄りカメラを奪おうとするが、お宝を抱えたインド人はそう簡単には渡さない、そして追いかけっこをするのだった。それが日常のコバナムビーチであったのが懐かしい・・・・・

マドゥライに来てもうそんな風に思っていたのだった。ここの寺院は台形のシルエットで何メートルも高い建物になっていて少し前までテッペン登れたのだが相次ぐ転落事故で登れなくなってしまっていた。馬鹿な人間にとって高いところに登れないということは早くここから立ち去れという合図と感じ、一泊で次の町へとむかったのだった。

 

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物乞いの対して

 

インドに来てから徹底的に乞食に金を上げるのを自分なんかで公平を期すために拒否し続けていた。寺院を写真に収めているときに何の遠慮もなくフレームのなかに入って来て金を恵んでくれと言ってきたこの爺さんにも上げることはなかった。たまたまフォーカスは爺さんに合ってしまったが・・・・・

そしてそのあとひとりの少年が僕に満面の笑みで手製のスケートボードに乗って近寄ってきてお金を恵んできれと言ってきた。彼は12、13歳ぐらいだが普通のその年齢よりも背が小さい・・・・彼は両足が無いのだ。インドに来てからアウトオブカースト達の話を聴いた。彼らはどうあがいてもかっばっても今のポジションから抜け出ることはできない、それゆえより慈悲の恩恵をもらえる可能性があるから親はわが子の手足を赤ちゃんの頃に切断してしまうことがあると・・・・・その少年を見たときその話が脳裏を過ぎったのだった。

そして、無理に金を上げる理由を考えた・・・・素晴らしい笑顔はひとつ芸だ!とこじつけて僅かな金を上げたのだ。そのあと何か自分の気持ちの中で歯切れの悪いものがあった。恵んでやった感のような・・・・相手を見下しているという感覚に陥ってしまったのだ。 それからそのことについて考えて一つの答えを自分なりに導き出した。 世の中はすべて公平なんてありえない。ノンな事を考える行為こそが自分よがりのエゴなのではないかと・・・・現実を何のフィルターに通さず見て、心の思ゆくままでいいのではないかと・・・タバコを買うときに悩んだりしない、この店で買ったら、あの店で買わないと差別になるなんて誰であろうとも思わないたとえ共産主義の国の人間だって思わない。彼らアウトオブカーストはお金を貰うという一つの商売だ。 上げようと思うならそれで良し、上げないでもそれで良しなのだと・・・・・

それからそんな場面に遭遇しても心の重さはなくなっていったのだった。

 

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 お前の発音はおかしい?? 

 

チルチッパリの見所もやはり寺院だ。ロックフォートという巨大な石の上に立てられたヒンズー教のお寺にバスを利用する。アイホンがない時代は初めて行く場所は乗るのも下りるのも人に聴いて確認しなければならない。 当然のことながら降りる場所が分からないので隣に座った一見怖そうな老人に聞いてみた。アイ ウォント ゴー ツー ロックフォート、テル ミー ウェアー ゲッド オフ・・・・みたいなことを言った。

厳格そうな老人はしかめっ面で僕にWHAT?僕は「ロックフォート・・・・・」老人はもう一度聞いた・・・

「ロックフォート・・・」言ったあと、彼はヒンズー語でお前の発音は分からんと言っていたのか定かではないが怖い顔をしてして、びっくりするほどのインドアクセントのRを使って言い間違いを正すように僕に「ルロックフォルト」と言ってきた。僕はお前の発音も英語的には正確ではないか!と思いながら言い間違えを反省したごとく「ルロック・フォルト」と言うと、今のバス停だ!というではないか!!バスの運転手にストップと言って止まって貰い無事に降りることができた。あの爺!!教えてくれたのはあり難いが、インド英語をレクチャーする前に・・・・と思ったがこれがインドと思うことが癖になっていた。

 

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ポンデチェリーでは、白壁の家が立ち並ぶ南フランスの雰囲気でベトナム人の経営するフランスパンが食べられる店があると聞いた。兎に角、インド料理ではない食べ物を食べたくて探したのだが、結局見つけることができなくて南フランス風の町並みの中でカレーを食した。ポンデチェリーは偉い思想家が居て人人はそれを目当てに訪れているらしいが、これも全く興味が無いので一日でマドラスに行く・・・・

 

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マドラスにいたビジネスマン

 

マドラスに着いたのは夜遅く、コバナムからマドラスまでこれと言って出会いがなかった。少し寂しかったので旅行者がいてドミトリーで話ができる可能性があるサルベーションアーミーに泊まることにした。

サルベーションは外国人旅行者も居るがインド人のビジネスマンなども泊まっている。

インド人と話すときの第一のキーワードは宗教、第二は既婚かそうでないか、第三は仕事だった。彼らはどんな宗教に属しているかが最も重要であった。初めは自分自身無宗教と思っていたし、インド人にもそういっていたが、言うたびに一瞬、しかめっ面をされ、そして疑いの目でみらるれのだ。何らかの宗教に属さない人間の信用度はインドでは限りなく低いということの表れでもあるようだった。日本人にとって神道や仏教は密接であるのにもかかわらずどの宗教に属しているか意識することがあまり無いからであろう。それは今まで日本人は様々な宗教を寛容に受け入れてきたせいかもしれない。言い換えれば節操が無いということなのかもしれない。 

考えてみれば日本人の大体が死ぬときは仏教式の葬式をしていと予想される。多分自分も死ぬときはそうだろうとその時思ったし、仏教徒ではないと強く否定する必要も無いし、宗教をなぜ信じないかを説明するのも面倒だったので自分は仏教徒とインド人には言っていた。 サルベーションで会ったインド人はボンベイから来ていた。今まで出会ったインド人の殆どがヒンズー教徒であったが。そのインド人はヒンズー教徒ではないと豪語して無神論者だと言っていたのが衝撃的で珍しかった。所謂、神がいたら不条理な世の中にはならない!カーストなんて有得ないと・・・・しかし、僕は、それらを作ったのは神ではなく人間ではないか!と思ったが、口にはしなかった・・・・彼のその言いたい気持ちはよく分かる。 そのときは今と違って何か現実の今生きている世界を超えた別の精神世界があると信じていた。それが俗にいう神とか霊とかの類があると・・・・しかし神はこうあるべきという一般的な共通認識で神様像を作り出した故の結果であり、違う認識の神が居たとしたら不条理なことがある事に対して否めないのであるが、この世で起こることは勿論原因はあると思うのだが、オカルト的な前世の因果が今にきて応報されるようなものではなく、災いもラッキーの誰もが宝くじ的に孕んでいる。たまたま起こってしまうという理由付けが一番しっくりくる。どっちに転んでも今は安易に肯定するものたちを完全否定する派であるし、90パーセントはそういう世界が無いものだと思っている。いずれにせよ色んな人間がありそして考えがある。 強要されない限り、いろんな人と話すのは面白いのである。

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