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せやかて.COM

せやかて、ブログ、書いてみたかってんもん

Daveちゃんの回顧録

長期旅行 最終章

またもミステイク マレーシアの鉄道は清潔で座席も広く、おまけにビデオが見れる車両があり,バターワースまで快適な旅だったが、僕よりも遥かに英語が堪能なバンコクまで行くソウル大学生2人電車で知り合った。彼らはバターワースで乗り換えると思い列車を降…

長期旅行 マレー半島編KL

危険な香り・・・・・ その男はカジノで僕と組んでイカサマで金をせしめると・・・・そんなことができるのか?と思ったが、彼曰く、「イカサマの簡単なトレーニングをすれば、少しだけならばれないし、大丈夫だ!!かける金は全部俺が出すからお前は一銭もだ…

長期旅行 マーレー半島編

近代的な町は何処寂しい マドラスの小さな空港からシンガポールの大空港へ。 シンガポールに着いたとたん逆カルチャーショックを受けた近代的で洗練されているように感じた。 そして空港の案内所で安宿の情報を得てバスで市内に向ている途中でその感覚は増大…

長期旅行 インド編 最終章 

インドとさよならの時 インドの旅も長くなったし、インド料理にもへきへきして来た。この長期旅行に出る前からしてみれば10キロは痩せている。食欲は減退しこのまま居れば芸能人張りにもっとやせるに違いない!いや!ガンジー張りに痩せてしまうと思った。…

長期旅行 インド編 最南端からマドラスまで

なんだか疲れてきた 最南端からマドゥライ、チルチッパリ、ポンデチェリーを経由してバスでマドラスまで もうこの頃になったら、どこの観光地を訪れたとしてもつまらなくなっていた。 やはり、長旅は疲れるし、どちらかと言うとビーチでのんびりした方が基本…

長期旅行 南インド編 

ひたすら南下する 話は脱線したが・・・・時間を潰すひとつの方法は映画だ!列車に乗り込む前に映画で時間を潰した。列車に乗ってコーチンに付いたのはまだ夜明け前だったと記憶している。暗いうちからゲストハウスを探して見つけたのは良かったのだが,そこ…

長期旅行 インド編 南インド コーチン

そうだったのか! 州境だったのか検問所のような所で調べられたが、白タクであろうとも、ただ人を運んでいるのだから当然何事もなく通過できた・・・何の問題も無くやり過ごせた・・・・そして眠りに落ちって言った。 朝靄が立ち込める中、僕たちはある場所…

長期旅行 インド編 南インド

隣人の行ったことが現実になった これは警察のガサだ。踏み込まれるとヤバイ・・ドアを開けないわけには行かない・・・・中にいた日本人たちは慌てふためいている。現物を持っていたヤツたちは思い思いにその処理を試みている・・・・食べるやつや、自分いる…

長期旅行 インド編 ジャンキーの聖地 ゴア

賃貸の部屋がある! ゴアではゲストハウスに泊まらず日本人とS君と部屋を借りた。彼は偶然にもネパール宿が一緒だった人だ。彼は旅行中に知り合った日本人の女の子とネンゴロになり、カップルでその宿に泊まっていたが。彼女は先に帰国して彼は一人で旅行を…

長期旅行 インド編 アジャンタ エローラ ボンベイ

また一人の旅が始まる・・・ 犬に噛まれたS氏はパキスタンをめざし、体調が戻った僕はギターを持ってアウランガバードへ鉄道でアジャンタを目指してた。勿論、時間通りには行かず、かなり遅れてアウランガバードに到着した。その日は遅かったので食事にもあ…

長期旅行 インド編 デリーは大都会だが・・・・

アグラーからデリーに アグラーからデリーまでEXPRESSの列車がある聞いたのでそれに乗りことにした。ラジダーニエクスプレスはカルカッタからデリーまで結ぶ謂わば新幹線のようなものだ。座席は意外と広く食事も出て快適で乗客は旅行者と言うよりもビジネス…

長期旅行 インド編 アグラ、タージマハル

ちょっと知らない町へいってみたら、人気者になった・・・・?? エロチック寺院を穴が開くほど見ても何かが満たされることはないし、基本的に時代背景を知らないと旧所名跡めぐりの楽しみは半減する。したがって、僕はそこに行ったということに満足し、人の…

長期旅行 インド編 バラナシで物乞いしてみた!

インドで暇つぶしは映画に限る! インドではTVは詰まらなくて映画が庶民の娯楽ナンバー1だった。 そして、インドは世界屈指の映画大国だ!つまり何処の国よりも自国で映画を量産しているそうだ。最近では素人の外国人でも俳優としての需要があり世界を駆…

長期旅行 インド編 バラナシ ガンガー

母なるガンガー インド人の最高の幸せは人生を全うしガンガー、つまりガンジス河で死ぬことなのだ。彼らは死を身近に感じているのだろう。 ここバラナシでは死を待つ家がある。死期を悟った人やその家族がそこで最後を見届け、ガンガーの河岸で火葬され母な…

長期旅行 インド編 バラナシはベナレスとも言う

ゲストハウスドミは男女混合で・・・ 宿には日本人も何人か居て、大抵は長期滞在者だ。 友人たちは4階の個室に泊まっていたが、僕は部屋が無かったのでドミトリーのベッドを借りることにした。 普通ドミトリーでは男子と女子は別れているのだが、このゲスト…

長期旅行 インド編 バラナシにて

マスタル マスタル 乗りなさい! インドでは手紙を郵便局やホテルなどで受け取ってくれるシステムがあり、行く場所行く場所でそれを受け取ることが可能だった。 友人たちは先にバラナシ入りしており、ガートの近くのホテルに預ける手筈になっていた。 ガート…

長期旅行 インド 編 ブッダガヤ

仏教の聖地 バスから降りると客引きのような輩がたかってくる。初めは無視をしていたが一人のが僕に日本語で話しかけた。どうやら僕に世話をやきたがっているようだった。パトナーの駅であったこと以来インド人に対してガードが甘くなっていた。いわば心を開…

長期旅行  インド編 パトナーからブッダガヤ

文化の違いを感じて・・・ パトナーはあくまでもブッダガヤに行く為のトランジットポイントだった。それほど興味は無かったが、これと言ってすることもないので軽く町を散策した。そして、マイダン広場に行た時、文化の違いを垣間見た。 やはりここインドは…

長期旅行 インド偏 ダージリン ~ パトナー

お洒落なダージリン 朝、YHの窓からカンチェンジュンカが鮮やかに臨むことができた。 長閑でインド人の避暑地でもあるダージリンは紅茶が有名だがインド象とターバンのイメージは全く無く、チベット民族の影響が色濃くネパールの延長線上にある場所に思え…

長期旅行 インド偏

バスでカトマンズからダージリン 単独での旅はこれが始めて、友人MとCと別れて、バラナシーで再び会う約束をした。 今までは旅行慣れしているMに頼っていたが、とりあえずバラナシーまでなんとか一人でたどり着かなければならない。 一人旅という響きは心…

ミュージシャンとして6

大阪で得た新しい音楽の仕事 アメリカ長期旅行から帰ってきて、デビューを目指して上京したのは僕はもう29歳になる歳だった。上京したものも、仕事としての音楽は皆無であった。ハコバン的な仕事もやる気はなかった。それは東京の音楽業界ではカースト制度…

長期旅行 ネパール 編

レベルの多少低い、異異文化コミュニケーション 旅の醍醐味と言えば、僕の場合異文化交流が一番に掲げ上げられる。チャンドラコトットでの夜はこのトレッキングの旅で楽しい出来事のひとつであった。 もう彼の名前は忘れてしまったが、小学校の学校の先生と…

長期旅行 ネパール 編

赤飯 を炊いてください・・・・・! 山のルーティングのひとつにアルファベットのMからはじまるあの植物を見つけては摘み、乾燥させてそれを夜飯の後でたしなんだ。 山ではそれを見つけて収穫ことは難しくない・・・そのいつものルーティングをいれながらも…

長期旅行 ネパール 編

味わったことの無い達成感と感動 外に出ると光と影のギャプが激しすぎるせいなのか、信じられない空の青さに出会った。 日の光が雪に反射して眩しい。 BCまでそんなに時間は掛からないが山の天気は変わりやすいのでいつものルーティングを変えて早い時間にア…

長期旅行 ネパール 編

人類の発展と後退を考える 日が落ちて電灯ではなくロウソクの光で夜を過ごす生活は新鮮で、わくわくした気持ちにさせられた。そのロウソクの日を見てこの山での生活を便利さと照らし合わせた。 便利さ、つまりテクノロジーの発展は豊かさ与えてくれると同時…

長期旅行 ネパール 編

約一週間の行程!いざ登山!!?? ヒマラヤトレッキングといっても気持ち的には軽装備のハイキングにちょっと毛が生えた感じで。六甲山に一週間続けて登るぐらいの感覚だと思っていた。 アンナプルナのベースキャンプまでの山歩き・・・・・しかし、準備不…

長期旅行 ネパール 編

カトマンズに裏切られた! 10日あまりのバンコク滞在を終え、TGでカトマンズに飛んだ。ドンムアンからカトマンズまでのフライトは3時間半、空の旅は快適であった。 どれがどの山かは認識できないが、窓からヒマラヤの山々が臨むことができた。着陸後、カ…

長期旅行 ネパール 編

惹かれた理由は神々の住む頂、そして神秘の国? 26歳で憧れのヒマラヤトレッキングの目的の為、無理やり友人のMを誘いネパールへ そしてビートルズも影響されたインドに!!初めての長期旅行の始まりだった。 沢木耕太郎の深夜特急を読み影響されて、アジア…

コンパ、それは80年代後半バブル時代のムーブメントのひとつだ!

百戦錬磨の合コンマスターは僕の親友 神戸のバンドマン時代、平日の夜は仕事だった。合コン、コンパ・・・・参加するまではそんな言葉さえも僕の中では認識してはいなかった。テレビドラマの影響もあり、学生からサラリーマンからたちまち時代のトレンドにな…

ミュージシャンとして5

新しい仕事 シンセの発達と共に自宅録音をする機材も画期的になっいった。 そのころの主流は、今のようなPCと呼ばれるコンピューターで音楽を作るのではなく、シーケンサーと言う音楽製作専用の小型コンピューターであった。 そのシーケンサーを使ってそのこ…

ミュージシャンとして4

月に25日勤務、19万5千円! 大震災前のこと、神戸のライブハウスでの専属バンドをすることになった。 松山千春フリークのシンガーソングライターで一緒だったFちゃんの誘いだった。 以外であった。 あの時、失態をしでかしたにもかかわらず、仕事をくれる…

80's

不思議なバブル 時は80年代、好景気に人々は浮かれ、金の価値の感覚が麻痺していた 頃。 若造たちや成熟した大人もセカンドバックを持ち、袖の長いダブルのスーツを着て高級外車を乗り回し、女は真っ赤なルージュで太い眉を描き、ウルトラ警備隊のような肩…

ミュージシャンとして3

松山千春フリークのシンガーソングライター 今、思えば苦くそして後悔の念でいっぱいだ・・・。 松山千春フリークのシンガーソングライターのバックでの本番のプレイは、悪夢だった・・・。 そのシンガーも事務所との契約をしていたと記憶しているが、名前も…

ミュージシャンとして2

子供向けのイベントのバンド その当時は景気が良かったお陰で、僕みたいな半端モノでも音楽で仕事することは難しくなかった。 週末が来ると何処かで客寄せのためにイベントが開催されていた。 関西中心でスーパーやモールのセールなどで仮面ライダーショー、…

ミュージシャンとして

ベース奏者からギター奏者に 東京から大阪に戻ってきて、色んな音楽仲間と出会った。 音楽を仕事の糧としている人たちに出会えたことで、ミュージシャンへの道が開けて行った。音楽の仕事と言えども、その形態は様々だ。 ナイトクラブで専属のバンド・・・・…

帰郷して

現場の仕事 前回の回顧録で、東京へと上京したDAVEちゃんだったが、夢破れた。 東京で夢見た馬鹿息子(僕、DAVEちゃんのことです)は大阪に帰郷し、その後は就職もせず、バイトしながらダラダラと過ごした。 ヤメ癖のついている僕は一つの所に長くバイトは出…

上京

専門学校へ行く 高校卒業して東京の音響の専門学校に行くために上京した。 兎に角、親元を離れて暮らしたかったし、バンドのメンバーも東京の音響の学校に行くことになったので僕も便乗した。 本当はプロのミュージシャンになりたかっただけなのだが、どうす…

高校3年時に香港とシンガポールへ初めての海外旅行

苦学生を装って・・・・・ はじめて海外旅行に行ったのは、高校3年の夏。行き先は香港とシンガポール。 読売新聞から奨学金を貰って、新聞配達のアルバイトしながら勉強している学生のための海外研修旅行だった。もちろん僕はそのたぐいの苦学生ではない・…

ダラケタ高校時代の3年間・・・・

ムツゴロウ王国に行くはずだったが・・・・ 片思いの娘がいた。 もっと一緒に居たかったから、高校に行こうと心変わりしたのが実情だった。 中三の夏休みを過ぎると、クラスでは入試のことが、しばしば話題に上がってくる。 それで、その娘が行こうと希望し…

ふぐとすし

高度成長時代に商売をすること 6歳から12年間の多感な時期を豊中で過ごした。 なぜなら、そこで両親が家を購入したからだった 家といっても店舗つき住宅のようなもので中身は三軒長屋の一戸で商売を始めたのであった。 クレジット会社などない時代に月賦…

九九の3の段の後半が・・・

落ち着きのない子供時代 生まれてこの方、まともに勉強した!という記憶は多くないのにもかかわらず、このタイで日本語教師をやっているのが、あつかましいやら滑稽やら、あのころの僕は想像もできなかった今である。といっても僕の人生は数十年単位で、めま…

ポケットの中のペット

めざめ!? 世の子供は何かしらペットを持ったことがあるのではないか? 犬、猫、小鳥、ハムスター・・・僕も色々とペットを飼った。 一般的な犬、猫は勿論、飼ったことがあるが家族の共通のペットではなく、個人的には団子虫から始まった。所謂、自我の目覚…

出会った!衝撃的なものに

あの毒々しい玉をはじめてみた頃 でこぼこした球体、ピンク青・黒などの色をした・・・1 センチほどの・・・ それに出会った頃。毎日休みなく遊んでいた4歳ころ、 遊びの起点を茨木からの大正においていた頃、 その当時はウルトラQ とかウルトラマンの時代の…

せやかて、触ってみたかってんもん!!

鮮明に思い出す思い出 年を重ねるたび、脳の細胞に入り込んでいるひとつひとつの思い出が、次々と蓋をされていくように思える。 時々、思い出す機会があればその鮮明さも保たれるのだが、思い出す機会もなくなっていくと、あの鮮明だった記憶が断片的な思い…