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せやかて.COM

せやかて、ブログ、書いてみたかってんもん

高校3年時に香港とシンガポールへ初めての海外旅行

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シンガポールで初めて食べたホットドッグ

苦学生を装って・・・・・

はじめて海外旅行に行ったのは、高校3年の夏。行き先は香港とシンガポール。

読売新聞から奨学金を貰って、新聞配達のアルバイトしながら勉強している学生のための海外研修旅行だった。もちろん僕はそのたぐいの苦学生ではない・・・。

毎日、僕はダラダラと過ごしていた。

そういう苦学生とまったく正反対の性質を持つ学生だった。

どうしてその旅行に同行が可能だったかというと・・・

幼稚園からの親友Kの家業が新聞屋だったからだ。

全部コミコミで9万円!

毎年、三万円の積立であとは読売新聞社が負担するということだった。

Kの両親の勧めで、これはめったにないチャンスだと思い、Kと一緒に行くことに決めた。

いざ初海外旅行への出発!

 

奨学生の人数ははっきりと覚えていないが、総勢30人ぐらいだったように思う。

全国から読売新聞の本社がある大阪に奨学生全員が前のりし、ホテルに一泊して伊丹空港に向かった。

高校生ばかりの外国旅行だったので、当然のことながら添乗員が2名いた。

彼らは旅行会社の社員ではなく、読売新聞社の社員だったと記憶している。

 

想像すると・・・・

高校生と言ってもまだまだガキだ!大変気を使うミッションだったと思う。

そして、責任は重大だった。全員無事に日本に帰さねばならない!

そんな仕事もしないといけないサラリーマンのお気持ち察します・・・。

 

旅のプラン、注意事項など事前にミーティングし、交流を深めるために色んな雑談もした。

雑談中・・・「どこで何部くらい配っているか?朝刊でチラシも入れているのか?、何時起き?」のような会話・・・

そんなもんいるのか!???と思った。

Kは適当に旨く答えていた。さすが新聞屋の息子だ!

「僕も同じくらい」と適当に話を合わせた。

緊張のテイクオフとランディング

はじめての飛行機、テイクオフ、緊張と興奮、離陸間際、話さなくなるやつもいた。

無事離陸・・・・拍手が起こる・・・

まだ、海外旅行がポピュラーでなかった時代はこんな感じだ。

映画でも悪いやつらがやっつけられた時も、場内は歓声と拍手の渦だ。

そんな名残のある時代だった・・・・

4時間ほどのフライトで香港の町が見えてきた。燃えよドラゴンで見たあの風景だ!

翼が当たりそうなビルの間をギリギリ抜けて行く・・

緊張する・・・そして、ランディング・・・・

僕は座席の下にない見えないブレーキを踏んでいた・・・・・・ 拍手、喝采!!!

連れられていく旅の詳細は記憶に残らない

今となっては、ただバスで連れられたので何処を観光したのか良く覚えていない。

映画「慕情」の舞台だったビクトリアピークに行ったとこは覚えている。

ブルースリーの映画で見た風景、バスの窓から見る九龍城は途上国の貧富さを垣間みたと同時に、何かしら不気味さも感じた。

洗濯物の干し方の違いでさえも・・・・

路地の中で晩飯を調理している光景でさえも・・・・なぜか怖かった。

香港で2泊して台北で経由、シンガポールへ・・・。

事前にシンガポールは入国審査が厳しくて長髪のヤツは入れないといわれていたので、

奨学生はみんな散髪をして挑んだ旅行だった。空港の警備も厳重で重々しかった。

そこらへんに機銃を持った兵隊が立っていて、僕ら高校生たちを無意識に威圧していた。

香港光景とその兵隊の威嚇で僕らは萎縮してしまった。

少し怖かったが、ちょっと出てみたい、冒険したい。エッチなとこにも・・・と思っていた。

夜の自由時間誰一人外にでるようとするやつはいなかった。

クソ! ガッツのあるやつはいないのか!! 一人でも俺は行く!! 

と言いかけたが、僕も萎縮していたひとりだった。 

俺ひとりでは行けないじゃないか!!と訴えた。

俺が遊べないのはお前らのせい!!と言うかように・・・・ 

あの頃の僕は本当に情けないヤツだ。

退屈は食欲を誘う

部屋にいても退屈だ、すること無いから、腹が減る、外に出れないから、道はひとつ、

ルームサービスで飯を頼む・・・。

メニューを見た。英語表記、分かる料理が・・・無い。

・・・・・ない・・・・・・ある、ある、ある「HOT DOG!!」。

しかし、電話で注文しないといけない、英語を話さなければならない・・・・。

緊張しながら電話する・・・・

「あ・・・・・あのぉ・・・ほっと どっく、ツー!」

「あんど、てぃー ツー! (ホットドッグ2つと紅茶2つ)」

言えたのだ!スーパーイージーな英語!!

こんなものは英語を話したとはいえない!

ルームサービスは your room number please?・・・・

 

簡単なその英語が分かった。

部屋の番号を言って電話を切った。

「どんなもんじゃい!!通じた、俺の英語!!」

僕はちっぽけなこのコミュニケーションに満足を驕りを覚えた。

到着したホットドッグ2つと紅茶2つ

20分が過ぎ僕らのその夜食が運ばれてきた。 

あれぇー・・・・・

パンにソーセージが挟んでいない、別々、ソースもケチャプじゃない!!

何か酸っぱいキュウリの刻んだものが添えられているではないか!

おまけにフォークとナイフも付いてくる。Kと僕はパニックに落ち入った。

 

「どうして食べるんだと!!」

 

今まで理解していたホットドックの食べ方とその目の前の光景はあまりにも違っていた。

ホットドックは最初からソーセージがパンに乗っていて手で喰らう物!その認識が覆させられた。フォーク!ナイフ!こんなホテルに泊まる客はそれで食うことを要求するのか?

または、シンガポール人の食文化の習慣はあの庶民の食い物に対して日本人が思うより高い水準に位置づけられているのか? 

日本人にとっておにぎりをフォークとナイフで食べるような感覚なのか?

お上品に馬鹿な高校生はそれらを使ってみた・・・・しっくり来ない・・・。

むしろイラついた!何か食べづらい!!

シンガポールでのホットドッグの食べ方

Kと僕はその食べ方について議論を交わした。

勿論、答えは見出せない・・・そして一つの結論にたどりついた。

ボーイが間違えてフォークとナイフを持ってきたんじゃないかと・・・・

本当はバターナイフのようなものを持ってくるはずじゃなかったのかと・・・・・

明日、下のレストランでもう一度、ホットドックを頼んでみよう。 

きっと答えが見つかるはず!フォークとナイフがもし一緒に出てきたら

少なからずも、そういう食べ方をすると理解できる。

 

「すっぱいキュウリは??」

 

それは・・・・今時点では考えないことにしよう。

明日が勝負だ!!明日に備えて休もう・・・・・”

次の日の再チャレンジ

次の日、庶民の食べ物を大層なホテルのレストランで頼んだ。

フォークとナイフが添えられてきた・・・・・・OK

これは使うんだ!! すっぱいキュウリは???

あとの問題は解決できなかった・・・・・・

どんな英語を使って尋ねれば良いか分からなかったからだ・・・

シンガポールに美味しい食べ物がたくさんあるにもかかわらず、ただ食べたくも無いもので2食分を充ててしまった。お腹と心は満たされなかった。

それから。再びシンガポールに行くまでは食べ物と言えば「ホットドック」しかイメージできなかった・・・・・

 

せやかて、初めてやってんもん、海外・・・・・・