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長期旅行 ネパール 編

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レベルの多少低い、異異文化コミュニケーション

 

旅の醍醐味と言えば、僕の場合異文化交流が一番に掲げ上げられる。チャンドラコトットでの夜はこのトレッキングの旅で楽しい出来事のひとつであった。 もう彼の名前は忘れてしまったが、小学校の学校の先生と僕らは異文化交流を行った。Mは僕よりの旅慣れをしていたので、英語もそこそこ話せるが、僕も小学校の先生もキスナーも英語はまともに話せない。しかし、身振り手振りで何とか伝えようとする努力とそれを何とか理解しようとする行為こそが、異文化交流の基本であると信じている。 つまり肯定から入ることは相手を理解するのには重要なことであるのだ。イルカや犬を食う文化を認めない人種の類はこれができない。自分たちの価値観だけを押し付ける、白人至上主義なのだ。 イルカは駄目でも牛は認める、人間は様々な動物の命を貰い生きているだ。日本人はその為にも「いただきます」と言う言葉を使い、命を貰って生きることやそれを提供してくれる人や作り手に感謝する崇高な民族であるのだ。 捕鯨猟をしている地域などでは鯨など供養する特別な場所まで設けている。 オーストラリアに牛の供養する場所はあるのか!?お声を大に出して言いたが、幾ら言ってもあいつらには伝わらない・・・なぜなら基本の思考が否定からのなので何を言っても変わらない。

はそれましたが・・・・ この学校の先生は飲むと陽気で偉そうな素振りのひとつも見せない。男は酒が入ると大概スケベな話が好きなんだが、この先生も例外ではなかった。 話をしては歌い、歌っては又スケベな話だ。今日は高低差が激しくて、キスーも流石にキツかったようだったが、飯と酒という燃料を入れるとエンジン全開でスケベ話に花を咲かせていた。僕らは日本の歌を教え、ネパール人たちは僕らにネパールの民謡、みかんの歌を教えてくれた。ネパール語でスンタラパニだ。パニが水を意味するのでスンタラがみかんだ。 なんとも素朴な歌なんだろう。日本にもミカンの歌があるが季節や自然を感じそれを歌にするという感情はどこも同じだ。下世話な会話だったが、これも異文化交流のひとつとして自分自身の中でカウントしたい。  僕らが寝た後もネパール人は遅くまで飲んでいた。キスナーよ、お前は超人か?本当にタフなヤツだ。

 

馬鹿にしているのか?よく考えてからものを言え!

 

今日、あのバカを病院に放り込められる日、途中で京大のパーティが登ってきた。やはり背負われた姿のヨコカワが気になり、どうしたんだと聞いてきた。僕はその京大の先生に一通り説明した。すると其の先生は 軽いトーンで「大変やね!」・・・ここまでは社交辞令でもいいんだが・・・・「でも、ちゃんと下まで連れて行ったってな!」 急に自分の体温が2, 3度あがり、険しい顔になっているのが、自分でも分かった。 京大かなんだか知らないけど、馬鹿にしてか? お前に言われなくても僕らは自分の大切な時間と金を使ってあのバカを4日間かけて下ろしているのだ。 この類の無責任な発言、つまり関西で言う・・・「ええかっこ」は許せない。 「お宅が連れて行ってあげれば!!」と条件反射のごとく言葉にしてしまった。 京大の先生とやらは嫌な顔して登ってきたばかりで今から外院を回ると言う・・・そんな事はこっちは百も承知の上だ!!僕も人のことは言えないが、バカか?この京大の先生は!!こんなやつが人を教えているんだ。 だから、先生は信用できない。 イイかっこするんじゃない!!僕の言っている意味が理解できるか? いや、しないであろう・・・僕のような人間にその立場から否定されるのは最も嫌うであろう・・・・しかし、今はとりあえずバカを下ろす!! やっとのことで、あのバカを病院へ送り届けた。キスナーは最後まで付き添うようだが、僕らはおさらばだ!!二度と会わないように神様に願った。 結局12日間の行程だった。宿に戻るとティケも恭平も宿のオナーも無事の再会を嬉しそうに迎えてくれた。 ほんの些細な事なんだが、幸せな気分にさせれくれる。 先に戻ったCが一人でゴロゴロして僕らの帰りを待っていた。何日かぶりだが、やはりこれもなんとなく嬉しい。 晩飯はCも一緒だ! 再会を祝しての宴!!僕は待望の肉!!白人曰く、イルカと違って殺しても可愛そうじゃない牛ステーキとチキンBBQ、それと大阪人がこよなく愛してやまないお好み焼き・・・と言ってもこれはネパール風なんちゃってお好み焼きを食べた。 生きている喜びと幸せを感じた。 飯の後、キスナーが僕らを探して宿にわざわざ訪ねて来た。彼は僕らにありがとうを言いに来たのだった。 お互いに握手して ダンニャバード!!!ナマステ!! さようなら、ネパールのビリーオーシャン 

 

白人は何を聞いているのだ!!??

 

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翌日、体がだるく痛かったが、部屋にいても詰まらないのでペワ湖の周りを散歩する。しばらくすると、見るからにキマっている男がやって来て、胡散臭い、関わらないほうが良いかもと思いつつ・・・・男は僕らに話しかけてきた。「ボートを借りないか?」という申し出だった。 別に何もすることも無かったので、知り合った海外青年協力隊の人気を終えたお世辞にもかわいいとは言えないお姉ちゃんとボートを借りて湖を遊覧した。 その男は懐から黒光りしたチュラムをだし一服・・・僕たちにも回ってくる。おねえちゃん以外はみんな船の上でキマってしまった。 帰るときボート屋の胡散臭い男は「今晩、又来い!!」といった。「酒と料理を持ち合い船の上でパーティーをしよう、ハッパもボートもフリーだ!!」と言うではないか、何か裏があるかも知れないと思ったが、面白そうだったので其の申し出を受けることにした。 暗闇の中を湖の真ん中まで木に又キメる。 ボートの親父は語りだした・・・「白人は嫌いだ!!」と、「なぜ彼らはこのポカラに来て、ずっとウォークマンで音楽を聞いているのか?!」

「この自然の中で素晴らしいサウンドがあるのに聞こうとしないんだ!!」「何の為にネパールに来ているのだ!!」と、この親父、ジャンキーのくせに良い事を言うじゃないか!アートな事を言うではないか!と思った。 この静かなる湖の上水の音、風の音、鳥の声・・・静けさを感じるための音がある。 自然の音だ!!それらの自然の音は静けさを演出する。 音楽を作る時も静けさを表現する時には音を持って表現する、サウンドオブサイレンスと言う曲があるが、まさにそれがしっくりくる親父の言葉だった。 多くの白人は自分のスタイルを崩さない、どこへ行っても自分が基本だ。言いか悪いかは別として、こいつらはそんなことは気づかないのである。そして良い気分のうちに宿に戻っていて気がついたら翌朝・・・・・再び、バスでカトマンズへ・・・事故の為、200キロ10時間・・流石に疲れた。 到着後、日本食レストランへ!!   しょうが焼きはなんでもない普通の味だったが、やはりこれが落ち着く味だ!!   久しぶりに日本食を体に入れることは日本人のアイデンティティーをしみじみとと感じるときであった。

 

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さよなら!ネパール バスでダージリンに行く

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MとCはカトマンズからバラナシに行くと決めたが、僕はどうしても肉眼でエベレストが見たかった。そしてラストチャンスがあるダージリンに行く事にした。 インド大使館に行って3ヶ月のシングルヴィザを申告した。ピックアップは2日後の午後だ。それまで動物園に行ったり少し観光して2日後に取りにパスポートを行った。 偉そうでふてぶてしい大使館員はヴィザの出来上がり4時半と言うではないか。 午後一番にピックアップできると踏んでダージリンに行くバスの切符はもうすでに買っていた。 4時発の・・・・間に合わない、おまけに今日出ないとオーバーステイだ! ふてぶてしい其のインド人に頼んだ・・・駄目だという! バスの切符を見せて自分の中で知っている背いっぱいの嘆願する英語「PLEASE」を30回ぐらい言って、仏教式であるが、プリーズを言ってはそのつど手をあわせた・・・そしてやっとクビを横に振ってもらえた・・・インド人のOKのサインは首を横に振るのだ!そしてヴィザの判子をポーンと押して、日にちを書いた・・・・それで終わりなのか???・・・其の簡単なことが、すぐできないのか!!この野郎!!と心の中で思ったが、表面は笑って有難うをいった。 良し!これでバスは間に合う!!そしてダージリン行きのバスに飛び乗った。しかし、バスは一時間遅れの5時過ぎに出発した・・・・

せやかて、本当に疲れます・・・・・ インド編に続く・・・・・

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