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せやかて.COM

せやかて、ブログ、書いてみたかってんもん

長期旅行 最終章

Daveちゃんの回顧録

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 またもミステイク

マレーシアの鉄道は清潔で座席も広く、おまけにビデオが見れる車両があり,バターワースまで快適な旅だったが、僕よりも遥かに英語が堪能なバンコクまで行くソウル大学生2人電車で知り合った。彼らはバターワースで乗り換えると思い列車を降りたので、他力本願モードに入っていた僕も一緒に降りた。しかし、乗り換える列車などはなく、それは大間違いで乗っていた列車が正解であった。駅員にそれを聞いて知ったときにはもうすでに正解の列車は出てしまった後であった。同じミスをした乗客は僕たちだけじゃなくデンマークの女二人ずれのバックパッカーもバターワースのホームにいた。僕は基本的に帰る予定は決まっていなかったので、こんなアクシデントも旅行の楽しさだと呑気に思っていたが、ソウルの学生は違っていた。その日から3日間の内にバンコクに帰らないと予約していた飛行機を逃すことになるので、あせっていた。そして駅長に直談判した。その日のタイまで行く列車はなかったが、翌日の同じ時間の列車に乗れることになった。勿論、指定ではなく所謂、自由席だったが、ラッキーといえばラッキーだ。 翌日の列車の時間まで時間を潰さなくてはならないし、泊まるところも必要だ。僕は基本的そのモードで意思も考えもなかったので、謂わば僕は彼らの行動を共にする金魚の糞であった。皆で相談してせっかくだからペナンに渡って、そこで宿を探そうとにいうことなった。相談と言っても僕はYESとOKだけでその会議に参加したのだが・・・・そして韓国の学生とヨーロッパの女たちと日本人の僕とでフェリーに乗り、ジョージタウンに上陸した時にはもうすでに夜の帳が下りていた。 5人で泊まれる宿を探して遅いエネルギー補給に・・・・何の盛り上がりも見せずに飯を食らったあと全員遊びも行かずに宿に帰って爆睡したのだった。

 

そして翌日、無事に列車に乗れて国境に着いた。国境で出国審査と入国審査を約一時間掛けてした。マレーシアとタイ線路の幅が違っていたので車輪を交換していたように記憶している。日本に居れば国境越えは普通、空が常套手段のだが、鉄道で国境を越えることは何かしら感動といえば大げさだがわくわくするようなそして新鮮な気持ちを味あわせてくれた。 国境を越えてタイに入ると時差は一時間早くなった。そしてタイに入って最初に大きな町に到着。韓国の学生と別れを告げヨーロッパ娘と共にハジャイに降りた。

 

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偶然にもヨーロッパ娘と同じ駅で降りることになったが、降りてからは愛想もなく別々に・・・・改札を通り抜けるといきなりポン引きが話しかけてきた。バックパックを担いで駅から出てきた宿も決まっていそうにもない人間に商売をして来るなんてマレー半島ではやはりタイは別の人種だ!!!と思いながらも禁欲生活だった反動でそれを自然に受け入れている僕がいた・・・・「タウライ??」「350B・・・」 おおっ!!!安!!今までの禁欲生活が報われる!!ありがとうタイ!!と心の中でおおよそ30回以上唱えた。ポン引きに宿まで世話をさせてリュックを置いてポン引きにつてられてソンテウにのって置屋に・・・・・そこには10人ぐらい若い女の子がいた。そのひとりを決めて金を払った丸1日、24時間でなんと500Bだった。観光もせず2日間宿にこもって女とたんまりやることやった。気分転換に映画を見に行った帰りに飯を食った食堂であのヨーロッパ娘たちとであった・・・・なんとなく気まずかったが、彼女たちは僕のことはあったこともない知らない人のふりをしてくれた。 気を使ってくれたのかどうかは知らないが・・・・・・無視かも・・・・

 

そして又、列車に乗り込んだスラタニーまで・・・・

スラタニーからナイトとボートで6,7時間以上はかかったと記憶している。

後は宿を探してたまに回ってくるハッパとひとりでビーチリゾートを満喫した。不運だったのはレンタバイクを鍵を落としてしまってそこそこの金を使ったが、それほど大事にもならなくて済んだ。

 

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バンコクに戻ると長期貧乏旅行者の日本人の集まる7月22日ロータリーには楽宮ホテルやジュライホテルあった。ジュライホテルにチェックインいていると見覚えのある人影がスイカを食べながらこっちに来る。

ネパールのアンナプルナを一緒に攻めた、あの石垣からのエントリーしたが、途中で断念した友人のCだ。僕はいつものテンションより2度高いテンションで「よおおっ!」声を発した。正直、この小さな再会になんともいえない嬉しさを感じた。Cにクアラランプールでのあの話を聞いてもらうと、マレー半島の各地で流行っているカード賭博詐欺なので気をつけるようにと大使館からお達しがあったと教えてくれた。もう一人の友人Mはマラリアがすでに完治して帰国してしまっていた。バンコクに残っているCはキャンセル待ちであった。タニヤで久々に日本食を食らい、だらだらと毎日は夜のバンコクを楽しんだ・・・・そして、バンコクから東京、LAまでのチケットを買って無事に帰国を果たせたのだった・・・・・