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せやかて.COM

せやかて、ブログ、書いてみたかってんもん

長期旅行 ネパール 編

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人類の発展と後退を考える

日が落ちて電灯ではなくロウソクの光で夜を過ごす生活は新鮮で、わくわくした気持ちにさせられた。そのロウソクの日を見てこの山での生活を便利さと照らし合わせた。 便利さ、つまりテクノロジーの発展は豊かさ与えてくれると同時に人間の生態形や思考を変えて行ったように感じた。

80年代に発展国である日本で生きていた僕にとって、ここネパールには物質的な豊かさという代物など微塵も感じられない。 貧困で極めて基本的な人間のサイクルの中で素朴な楽しみを見出し、それを幸せの1つと考えているように見えた。

家族をつくり、子孫繁栄、親から子へ、子から孫へと受け継がれて行く教えや文化情報はすべてにおいて口伝え・・・・情報がそれだから選択肢も少ない。

したがって迷ったり悩んだりすることは情報が多い場所に生きている人間よりも多くはないだろうと推測された。

豊かな場所は情報も容易に手に入る代わりに悩みの数も増えてくる。 そしてその情報の多さが他人と比べさせる要因となり迷わせ、そして悩ませる・・・・どんな人間も目指すところはすべて共通しているだろう。 人それぞれ価値観やその尺度なども違うと思うが、それは幸せになること! 本来、幸せなのに他人と比べてしまうのでそれを感じられない、物質的幸福は上を見るときりがない。 勿論、満足することは進歩や向上心の妨げになるのだが・・・・ここは比べる対象、つまり情報が非常に少ない。 これは自分の勝手な意見なのだが、極少ない選択肢の狭い世界の中で生きて行く事は何を信じて良いか分からない都会に生きる人間よりも幸せの価値観を見出しやすいのではないか、この方が幸せなのかもしれないと思った。 知らぬが仏は・・・・いい意味なのかも??極小さな世界で生きていったほうが幸せをより近くに感じられるかも・・しかし、物がなさすぎることも困り物だ。病気になったり、怪我をしたりしても山には医療がない、薬も簡単には買えない、薬さえあったら、医者さえいれば、金さえあればと言う場面も多々あるのだろう。 当事者で無い限り、客観視しいている他人が自分のその短い物差しで良し悪しを計ってはいけないのだど・・・・・だが、やはり日本で生まれた僕にとって電気はあったほうがいい! 山の中で暗くなってからのトイレなかなかなものだ!昔、日本の田舎もそうであったように山ではトイレは家の中にあるのではなく大抵、外にある。 月が明るい時はまだ良いが、普段は真っ暗闇だ。いちいちロウソクか懐中電灯に点灯し、足元を確かめてトイレある場所まで出向いていかなくてはならず、用を足す時は電灯をどこかに置くか、口にくわえてその一物を照らしながらしなければならない。なかなかの面倒臭さいのである。結局一度便利さを知ってしまえば不便さに対応するのは大変なのである。

 

ヘルシーな食事と規則正しいルーティング?

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毎晩、ゆらゆらと燈るロウソク光の中ではどんな本を読んでいても15分も経たないうちに瞼が自然と閉じてく・・・・昼間の疲れと規則正しい生活のサイクルで8時には就寝、朝はしっかりお天道様が登るころ5時に起きる。 1日の始めの仕事は起きてすぐ便所に駆け込む・・・・基本、男のくせに便秘ぎみだった僕だったのだが、ここ山に入ってから快便だ!!食事は主としてたんぱく質も脂質も少ない極めて質素な定食ダルバート・・・ダルと言う小さな黄色い豆のスープと菜っ葉のおかず、ジャガイモのカレーに冷えたご飯、お替り自由だが旨くは感じられないのでそんなには食えない。 こう言う状況に備えて少し体重を増やしてこのトレッキングに望んだ。 しかし、山に入ってからはなんとなく健康になって行っている実感はあった。 他のトレッカーと違い、登山するスタイルは自分たちらしさをキープしていた。 朝飯は大体いつもコーンブレット食ってチャイを2,3杯飲んでくちゃべって、歩き始めるのは朝9時から、遅い時間から歩くから夕方5時ぐらいまで歩く。 まさに9時5時、会社員的に言うと残業無しの定時だった。 一般的に山登りのセオリーとしては気温の低い朝早くから歩き始めると楽だという、それで昼の2時か3時ぐらいにその日はトレックを終える。 気温がまだ3時だと暖かいので水シャワーでもまだ我慢でき、頑張れば毎日清潔にいられる。 僕らは日没近いと5時その日を終える。日没後の気温はぐーんと冷え込んでくる。 寒くてとてもじゃないが水は被れないからシャワーは毎日無し・・・・痒かったので頭だけは歩いてる途中、水を汲んだり、洗濯したりする水場ですました。 あとは登山の中で1回、洗面器にお湯一杯を貰い、その少ないお湯で頭を洗い全身を洗い流した。究極の節約術だった。 お湯のありがたさを知る・・・・・・

 

 

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山の小さなスーパーマンたちのお陰さまで 

 

海抜が上がるほど気温もどんどん下がって行った。防寒具無しではいられないので、チョムロンでダウンを借りてさらにBCをめざす。 登り始めは、足元の地べただけ見て、回りの美しい景色を見る余裕などなかった。 毎日歩き続け体も慣れてくるので、上に行けば行くほど周りの景色や人工的な音ではなく自然だけの音を楽しめて登るようになっていた。 都会の喧騒などには縁の無い場所だ・・・・・ここでは自然の音しか無い。 大げさに言うと何か自分の魂が洗われて行く気がした。 しかし、下世話な事を言うと、上に上がれば上がるほど、食べるものは品祖になり、その値段もどんどん上がっていく。 肉は口に出来なかった・・・・食堂のメニューにはマトン、チキン書いてあったのだが、お目にかかったことは無かった。そして、冷えたダルバートの不味さにも拍車が掛っていく!道中、何度も重い荷物を持ち登っていくスパーマンの集団に出くわした。山の運び屋ポーターだ!!彼らが色んな物資を運んでくれているお蔭で僕らトレッカーはその恩恵が蒙れる、高くなるのも頷ける。 ポーターたちは何十キロと言う荷物を担ぎすごいスピードで上がって行く。靴なども履いてなかったりする。代わりに何故か靴下だけとか・・・・・当たり前の事・・・・色んな恩恵を受けられているのにそれを意識することはない。当たり前は当たり前ではないのだ・・・・・その背景には人の好まない、嫌がる仕事をする人がいることを忘れてはいけない。 決して脚光を浴びることの無いスパーマンたちが、この世界にはたくさんいると言うことを認識しなければならない。そして、そういう人にも敬意を払い、感謝しなければいけない。

 

 

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今止めるのか?嘘みたいに寒すぎ!!

 

マチャプチャレのBCの手前で友人Cが断念すると言い出した。彼はデッキシューズが合わないと言ってチョムロンに行くまでの途中の村でまた新しい靴を買って歩いていた。BCを目の前にしては酷い靴擦れを起こし下山していった。あと数時間だった。 それは彼の考えであるし、人のコンディションは他人には分からない。無責任にもうすぐだ!頑張れ!なんて無理時して大変な事態になったとしても僕らは責任はとれない。もったいないと思ったし、3人そろって目標到達したかったが、彼の意向を尊重した。 3人そろって行きたかったが、そこからはMと2人のトレックになった。 少し頭が痛くなる・・・・軽い高山病にかかりかけているのだと思い、少し下山する。 歩く早さも少し抑えてゆっくり登った。マチャプチャレのBCに着いたとき昼過ぎだったが、ひどい濃霧でアンナプルナのBCには翌朝いくことになった。 夜、今まで体験したことの無い寒さだ。1人のポーターが宿の入り口の前で何も掛けないで縮こまり震えながら寝ている、朝、きっとこの人は冷たくなっているのだろうと思った・・・・こちらも余分な衣服は持っていないので、心の中で生きていてくれ!と願った。セーターを着てダウンを着て、寝袋にもぐりこんで寝たが寒すぎて寝ているのか、そうでないのか分からない状態で朝を迎えた。 起きてすぐ入り口の方へ目をやった・・・・・・死んでいるかも・・・・・?彼は忽然と消えていた。 安否は不明だがいないところを見ると、きっと生きているに違いない・・・・と勝手に判断した。 いざ!BC!!!